彼女に連れて来られてたのは繁華街。
彼女は女の子向けのファンシーショップで何かを選んでいる最中。
俺はといえば、どうしようもない違和感のある店内で浮いた存在として気まずい。
逆にこんなぬいぐるみに囲まれる店に溶け込んでいたらそれはそれで嫌だが。
「……海斗、見てみて。この猫ちゃん、すごく可愛くない?」
テンションの高い紫苑の手に握られているのは携帯ストラップ。
ただのストラップではない、小さな猫のぬいぐるみ付きだ。
「もうっ、ホントに可愛いわ。海斗もそう思わない?」
紫苑は薄茶色と黒色、2色の猫のストラップを手に取りながら俺に詰め寄る。
俺は微妙な拒絶を示しながら溜息がちに答えた。
「別に俺は興味ない。俺にそんなモノを近づけるな」
「えぇっ、何で?こんなに可愛いし、“ふわもふ”なのに」
「……ふわもふ?」
「ふわふわ、もふもふの略。ほら、このサイズなのに肌触りも最高だもの」
猫のぬいぐるみを見つめる紫苑の幸せそうな眼差し。
悪いが俺にはこれ以上付き合いきれない。
彼女は俺にどうして欲しいと思ってるのか?
周囲の女客達から微笑ましそうに見られる俺の気持ちを誰か理解してくれ。
結局、紫苑はいろいろと見て回りながら最初の猫のストラップを2つ購入していた。
その後、俺達は店の外に出て繁華街を歩く事にした。
「お前ってホント、ファンシー系が好きなんだな」
「可愛いものは何でも大好きよ。特に猫は私のお気に入りでもあるから」
「……男には分からないな、そういうのは」
「そう?最近は男の子でもこういうのを、つけてる人いるわ。癒し系っていうのかな。というわけで、こっちの色違いの猫ちゃんは海斗にプレゼントしてあげる」
彼女はそう言いながら、先ほど購入した猫のストラップを俺に渡した。
“ふわもふ”な黒猫のぬいぐるみ付きストラップ……絶対にいらない。
「いや、激しく遠慮させて……」
「誕生日プレゼント。私の記憶が確かだと今日は海斗の誕生日でしょ」
俺の言葉を途中で止めて、紫苑は俺にそう優しく囁いた。
俺の21歳の誕生日、そう言えば忘れていたが今日だったのか。
自分の生まれた日なんて普段から意識してなければ忘れてしまう。
「だから、これは私からプレゼント。それとも、私からのプレゼントなんていらない?」
「……もらうだけもらっておくさ」
誕生日プレゼントと言われて渡されたモノを捨てるワケにいかない。
他人の好意をむげにするほど、そこまで俺も人間が腐っていない。
俺がストラップを受け取ると、楽しそうに彼女は笑う。
「嬉しい。これで海斗とお揃いのストラップだね」
いつのまにか携帯電話にくくりつけてある薄茶色の猫。
……自分の携帯についてる所を想像するだけでゾッとする。
男がアレをつけるなんて……この世界が滅んでもありえない。
「……ははっ」
俺は微苦笑だが口元に笑みを浮かべた。
ホント、この女は面白い事ばかりしてくれる。
「あっ……」
彼女が小さく声をあげるとこちらを見つめながら、
「海斗の笑った顔、久しぶりに見たかも」
「……そうか?」
「そうよ。いつもはムスッとした顔か、どうでもいいって風な表情しか見せてくれないもの。やっぱり、海斗は笑顔の方が似合うわよ」
俺だって人間だ、笑うくらいはする。
ただし、笑顔を浮かべた記憶を思い出す必要がある時間くらいは経っているかもしれない。
もちろん、俺が紫苑の前で見せた笑顔も久しぶりだった。
俺は微苦笑のまま、彼女に言い返す。
「それはこちらの台詞だ、紫苑。お前こそいつのまに笑顔を見せられるようになったんだな」
昔の紫苑は人前で作り物の笑顔を浮かべることは多々あったが、今ほど自然に笑顔を見せたりしなかったはずだ。
彼女が俺に笑顔を見せる事の珍しさ。
再会してから俺は当たり前のように感じていたせいか、忘れてしまっていた。
「私も貴方も変わってるのよ。いい意味か、それとも悪い意味かは別としてもね。3年前とは状況も違えば、生きている“世界”も変わってきているのだから……」
常に変化する世界……変わっていく、そうなのかもしれない。
俺たちが生きている世界はあの頃のものとは違う気がする。
それならば、俺のこの世界は……無くしたままの“希望”を見つける事ができるのか。
「もっとも、私の場合は海斗がいてくれるということが1番影響を与えてくれているんだけど。海斗は?……誰が貴方の世界を変えたの?」
「……さぁな。俺には分からない。分かってる事があるとするならば……」
「何を分かってるの……?」
「俺も誰かさんが押しかけてきてから、変われたのかもしれない」
「……そんな風に言ってくれると嬉しいわ、海斗」
俺の言葉にふたりとも笑いながら、軽く手を触れ合わせた。
それは誰かに強制されるのでもなく浮かべた本物の笑顔。
人間は状況や気持ちの持ち方が変われば世界の見方も変わる。
特に“幸せ”という感情を実感している間だけは……。